2-1 入社して1ヶ月
- Travel to Face
- 9月2日
- 読了時間: 3分
更新日:10月29日

社長さんによる会社の皆さんの紹介が終わると、すぐに先生が私の机の上のノートパソコンについて説明を始めました。先生の身長は私と変わらないのですが、その体格からか横に立つと威圧感を感じます。先生はころっとした可愛い指でキーボードを叩きながら次から次へと現れる画面の内容を丁寧に説明をしてくれました。
その後、ハイジさんから備品の置き場やコピー機の使い方などを教えて貰い、気が付くともうすぐお昼休みです。
するとハイジさんが
「今日の午後から今月末までは、毎日このスケジュールでお勉強よ」
「マルさん、旅奈さんに期待しているから"めちゃくちゃハードな時間割"になっているわ」
「がんばってね」
と言ってA4の紙を2枚渡してくれました。
私は入社一日目の午後から、机の上に積み上げられた資料とパソコンの画面をにらみ続けることになりました。
でも、素敵な1ヶ月でした。
朝出社するとその日の私の教育担当の名前が書かれたメモが机の上に置いてあります。「9:00~12:00:酒匠さん」「13:00~14:00:ハイジさん」などと日替わりで始業から終業まで誰かが私の教育担当をしてくれます。そして、どんなに忙しく仕事をしていても担当の時間になると私の所にきて資料の補足説明や疑問を解決してくれます。
事務所に他の人がいないときは、ハイジさんから裏路地にある美味しいケーキ屋さんのことや酒匠さんからは浅草で必ず行くべき居酒屋の話、先生からは浅草の場外馬券売り場秘話など浅草のことも沢山教えて貰いました。あとで聞いたのですが、先生は競馬場でしか馬券を買わないそうです。

ハイジさんが言う「めちゃくちゃハードな時間割」も終わりの日を迎え、私は知識だけは一人前の旅行会社の社員になったような気がします。そしてこの会社の従業員の一人になれている気もします。廻りで忙しく働いている酒匠さん、ハイジさん、先生に「ありがとうございました」と大きな声で叫びたくなりました。
「旅奈さん」
いつもの社長さんの優しい声が私を呼びました。
振り返って社長さんを見て思わず叫びました。
「社長さん、どうかしたのですか?」
社長さんの後ろに黄色いオーラが見えます。
「どうもしてないよ」
「私の方が驚いた」
みんなも私の声に驚いたようです。仕事の手を止めて私を見ています。
「旅奈さん、『日本の文化・工芸への旅』のツアー企画、旅奈さんが取組みたいテーマは見つかりましたか?」
みんなはいつものように仕事を始めました。
「私は日本の文化も工芸も何も知りません。今の私には、まだできません」
言いながら私は思い出しました。
そうだ、私はそれをやりたくてここへ来た。
あの時の心の高ぶりが蘇ります。
「社長さん、もう少し待って下さい」
「旅奈さん、慌てる必要はない。たけど常に答えを探し続けて欲しい」
「それから、『マルさん』とか『マルちゃん』と呼んで下さい」
いつもの優しい笑顔の社長さんですが、いつになく強い口調を感じます。
「分かりました。マルさん」
マルさんの黄色いオーラは消えています。



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