1-3 面接試験
- Travel to Face
- 7月10日
- 読了時間: 3分
更新日:10月5日

飛び込んだ事務所の中は真っ暗で何も見えません。頭の上からクーラの冷気が私に降りかかってきます。
次の瞬間、事務所の中が輝き、目を細めると奥の方で社長さんがこちらを向いて私の前にあるソファーを指さしています。
「冷たい飲み物を持ってくるから座って待っていて」
と言って奥の部屋に消えていきました。
先に座っていてはいけないと思い、ソファーの横で立って社長さんを待つことにしました。
とても清潔感がある事務所です。
ソファーのすぐ横に4つの机が田の字に並んでいます。少し離れた所にある机が社長さんの机のようです。
「座って、座って」
社長さんが嬉しそうにお茶と氷りの入ったグラスを2つ持ってやって来ました。
「今日の面接、よろしくお願いいたします」
私は頭を深々と下げました。クーラの冷気で冷やされた汗で重たくなった服が背中に触れてきます。恐る恐る社長さんの顔を見上げると社長さんはお茶の入ったグラスを両手に持ったまま
「今日はよく来てくれましたね」
「暑かったでしょう。まずは冷えたお茶を飲みませんか」
と言って私に腰掛けることを促すようにグラスをソファーテーブルの上に置いて下さいました。
いよいよ面接が始まる。
「失礼します」
もう一度軽く頭を下げてソファーに腰を下ろしました。
社長さんは「始めまして」と言うと会社のことを話し始めました。
3人の従業員がいること、従業員の平均年齢は30歳代後半で自分はもうすぐ60歳になること。販売している旅行商品の内容、日常の社員の仕事の状況など。小さな会社でけっこう苦しいことなども説明してくれました。3人の社員は困った所もあるがとても面白く、一緒に仕事をしていると毎日飽きないと話している社長さんの姿はとても楽しそうでした。
私は何の質問も受けること無く、ただ社長さんの話を聞いていました。
すると社長さんが遠い宙を眺めるような眼差しになり
「私はやってみたい旅行があるんだ」
「そのために頑張って一人だけ社員を増やそうと思っている」
”やってみたい旅行”って、理解出来ないまま多少引きつった顔で社長さんの顔を見ると
「なぜこの会社の面接を受けようと思ったのですか」
突然、質問がきました。
あらかじめ準備してきた答えを言おうとすると何かがそれを止めました。
私は就職活動の目標が無く、多少無理矢理「私は旅行が好き」と決め、旅行会社を就職先のターゲットとし、就職活動に疲れた時にこの会社のホームページで社長さんのとても楽しそうな写真を見て、その理由が聞きたくてこの会社の面接を申し込みました。
「私は旅行が好きなので」
ソファーテーブルの上にあるグラスに向かって答えました。




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