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2-3 初めて買った日本酒

  • 執筆者の写真:  Travel to Face
    Travel to Face
  • 11月10日
  • 読了時間: 5分

更新日:10 時間前

かっぱ橋本通り商店街
かっぱ橋本通り商店街

仕事が終わった私は、いつものように”かっぱ橋本通り”を銀座線田原町駅に向かって歩いていた。通りに立つ「かっぱ橋本通公西会商店街」の看板に描かれたカッパがいつも真ん丸

な虚ろな目で私を見送ってくれる。


東京スカイツリー
東京スカイツリー

通りの正面にそびえ立つスカイツリーは背景となる空によって表情が変わる。今は夕日を反射してほんのりと赤みを帯びて優しく輝いている。


小学生位の男の子二人が私の前で通りを横切り、楽しそうに何かを話しながら路地に駆け込んでいった。一人はサッカーボールを脇に抱えている。

路地をのぞき込むと二人は路地の奥にある公園の中に消えていった。


あんな所に公園があったんだ。

私もその路地に入った。

公園にはケヤキが3本立っていた。

ケヤキの葉の律儀に平行に並ぶ葉脈が可愛い。

ケヤキの葉から視線を下ろすと公園の向こうにある洒落た雰囲気のお店が目に入った。

何のお店だろう?

外から店の中を見渡せる大きな一枚ガラス。

ガラスの向こうに見えるカウンターに置かれたボトルはワインだろうか?

白と黒と赤でデザインされたラベルが私の心を惹きつけた。

ボトルの脇では外国人のカップルと店員らしき人が楽しそうに話をしている。


公園を出てお店の前まで行き、ガラス越しに中を覗くと先ほどの外国人のカップルがお店から出てきた。私と目が合った男性は、私に可愛くウィンクをして去って行く。私は慌てて

眼をそらした。ガラスには、さっき見たカッパと同じ目をした私が映っている。

ガラスに映る自分の顔を見て思わず吹き出しそうになるのを押さえ、お店の扉を開けた。


「いらっしゃいませ」

店の中にも大きなカウンターがあり、外国人のカップルと会話をしていた人がこちらを見て微笑んでいる。奥の方では二人の女性が座って話をしていた。


さっき見たボトルを棚の中から探しだそうとしたが、どれも日本のお酒だった。

さっきのはワインだったのだろうか?

ここはワインのお店ではない。日本のお酒を売る酒屋さんだ。

「何かお探しですか?」

カウンターの中で微笑んでいた男性だった。

”とても優しいおじさん”という表現がぴったりの人だ。

「さっき外からあのカウンターの上に白と黒と赤でデザインされたラベルのボトルが置いてあるのを見たのですが」

私は公園のケヤキの姿を一面に映し出している入口の一枚ガラスの方を見た。

「せんきんナチュールですね」

その”優しい酒屋さん”は冷蔵庫の扉を開けてあのボトルを取り出し、小物やお酒でディスプレイされたテーブルの上に置いた。


せんきんナチュール
せんきんナチュール

「これはワインではないのですか」

「デザインがお洒落ですよね。これは日本酒なんですよ。これを造った酒蔵 ”せんきん” さんの話ではツルをデザインしているそうです」

「ツルって。鳥の鶴ですか。確かに丹頂鶴の色ですね」

「鶴は鶴でも仙界、仙人が住んでいる所の鶴だそうです」

ラベルをじっと見ていると確かに丹頂鶴がそこにいるように見える。

羽ばたくわけでもなく、羽の中に頭を埋め、静かにそこに立っている。

幽谷で一人お酒を飲む仙人の横に


「このお酒は特別な日本酒なんですよ。使っているお米は全てオーガニックです。その上、天然酵母を使用した生酛造りです。木桶仕込みで木桶熟成なんですよ。お店には火入れしか残っていませんが、このシリーズは生酒もあります」

”優しい酒屋さん”は私にボトルの裏ラベルに書かれているそれらの言葉をなぞりながら説明してくれた。

酒匠さんがお土産で会社に買ってきたお酒も生酒だと言っていた。

生酒さえ何だか分からないのに、仙界の鶴さん、あなたはいったい何を言いたいの?

丸くなってじっとしていないで少しだけでも顔をみせて!


「ちょっと酸味があってフルーティーで飲みやすいお酒ですよ。どことなくお米も感じます。私は冷蔵庫で冷やして飲む方が好きです。どのような日本酒がお好きですか?」

ラベルを見つめる私は、またあのカッパの目をしているのだろう。

「私、日本酒嫌いなんです」

”優しい酒屋さん”が私から目をそらした。

「学生の時、居酒屋さんで熱燗を飲んだのですがアルコールきつくて酔いそうで怖いし、美味しいと思いませんでした」

窓から見える公園では二人の子供達がサッカーボールで遊んでいる。日が沈みかけている公園の街灯に明かりが灯った。


「お酒は嗜好品なので飲んで良かったと感じなければ、身体のためにも飲まないことを勧めます。だけど酒蔵さん達は今とっても努力していて多くの人に美味しいと言って貰えるお酒を一所懸命造っています。ここ数年で日本酒も焼酎も大きく変わっています」

だけど日本酒は悪酔いしそうで怖い。

優しい酒屋さんは鶴のラベルをじっと見ながら話を続けた。

「日本酒ってね、日本人のアイデンティティが詰まっていると思うんです。自然との共生、収穫への感謝、和を慈しむ心 この三つが揃わないと美味しい日本酒はできないと信じています。酒屋が言うことではないのですが」


私が探している日本の文化・工芸に繋がる何かを聞いたような気がした。


「このお酒は試飲できないのですが、他の日本酒は出来ます。有料ですが試しに飲んでみますか?」

「日本酒を飲むのはやっぱり怖いので止めておきます。でも、この鶴のラベルのお酒を買って家で飲んでみます」

「日本酒を飲むときはいっしょに必ず何かを食べて下さい。日本酒と同じ量の水を飲むと悪酔いしませんよ」

「水を飲むのですか?」

「日本酒が好きになると一緒に水を飲むのも心と身体がリフレッシュしていいものですよ」

優しい酒屋さんは、きっと日本酒が大好きなのだろう。とても幸せそうな笑顔だった。


私は、仙界に住むという鶴のラベルをつけたボトルをトートバッグに入れて銀座線田原町駅に向かった。

人生で初めて買った日本酒の重みを肩に感じる。



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